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2004.04.21

診断前後の息子と私

カイパパさん体験談募集に乗っかってみます。長くなったので、コメントではなく、トラックバックを飛ばさせていただきます。
能力のでこぼこがますます顕著になってきた、全体的には重度の自閉症児です。
今うれしいことは、買い物の手順を認識しつつあることです。今うれしくないことは、レジでお金を出す手順にまだ混乱があり、声をかけてやらないと万引きと同じ行動になるおそれがあることです。また、金さえあれば何をどれだけ買ってもいいだろう、とバブリーな勘違いをしがちです。
それから最近、面白がってお友だちのことを押したりぶったりする行動が出てきています(これは心底まずい)。
おおむね芽生え反応と問題行動がセットになって出てくるので、親としては、喜怒哀楽の複数の感情を同時に味わうことが多いです。
というわけで、始めてみます。以下のリンクをばクリックしていただけると幸いです。

*****
最初に感じたのは、抱かれるのが下手な子どもだな、ということだった。
よその子を抱っこしてみると、笑ってしまうほど楽である。
息子は、その子たちとは違って、こっちに重心をかけてくれない。あるいは逆に、体中の力を抜いてもたれかかる。スライムみたいに彼の腕や足や首が、僕の腕からはみ出す。おまけに、しばらくすると、もぞもぞと動いて、降りようとする。でも、降ろしてやると、すぐにまた抱っこをせがむ。抱き上げてしばらくすると、またもぞもぞと腕の中で動き出し……の繰り返しである。

それ以外のとき、息子はひたすら走っていた。
僕と妻は、その後ろを追いかけていた。街中では、追いかけっこにならないように、強く手を握っていた。なんか格好がつくような気がして、肩車もした。鎖骨と首の後ろが「肩車ずれ」で痛かった。

それから、自分の立ち位置からは見えないところ(仕切りの向こう、家具のかげ、引き出し、扉などなど)をひたすら調べる癖があった。何度も同じところを見て回る。目についた電灯のスイッチを切ったり入れたりする。スクリーンドアを上げ下げする。デパートでも、レストランでも、他人の家でも同じである。

2歳にさしかかった頃、子育てがとつぜんきつくなった気がした。
息子の行動範囲は格段に広がったが、息子はコミュニケーションをはかろうとしない。
それでも、僕は
「子育ては体力勝負ってよく言われるよなあ」
「息子の身体も大きくなったなあ」
「俺たちそういえばもう30代にさしかかってるよなあ」
などと考えていた。
いや、それにしても、夫婦そろって一日の終わりに感じる、このとてつもない疲労感は何なんだ……。

その頃、小児科医の伯母の家に行った。彼女は根はいい人なのだが、直言癖がある。息子を見て、すぐに
「ぜったいにおかしい」
と断言した。僕は無視した。たまにしか顔を会わせない人間が何を言ってるんだ。こっちはヘトヘトになるまで子どもと付き合ってるのに。
ま、八つ当たりである。

しばらくして、ある大学の障害児教育の先生に会いにいった。妻の大学の恩師の知人である。
彼は息子を観察し、「自閉症にも見えるが、まだわからない。療育機関にとりあえず通ってみてから……」と言った。
今から考えれば、「はやく療育を受けてもらいたい」ということの遠回しな言い方である。
しかし、僕は短絡的に「じゃ、自閉症ではないわけだな」と判断した。

僕は自閉症のことは知っているつもりだった。大学時代には、成人障害者の余暇活動のグループでボランティアを経験したこともある。
しかし、僕がかつて日常的に目にしていた成人の自閉症の人たちと、息子とは結び付かなかった。
彼らには非常に失礼な言いぐさで、弁解のしようもないが、専門家が「まだわからない」などという余地がある子どもが、彼らと同じ障害を持っているわけはない、と決めつけた。

それからすぐに、伯母の知り合いの小児科医のところを訪れた。その病院で脳波をとりにいったついでに診てもらったのだ。診察後、彼は伯母に手紙を書いた。後でその手紙を見せてもらった。
そこには、短く「甥御さんには、明らかに自閉傾向が見られるようです」とあった。

以上は2カ月ほどの間のことである。
町田おやじの会のダウン症のお父さんと話していて、いつも感じるのだが、ダウン症の子の親御さんは、生まれてすぐに告知され、いきなり態度の決定を求められる。
一方、この本の座談会で、コウタのパパさんが「自閉症だという事実は、真綿で首をしめられるようにわかってくる」と言っている。
僕の場合も、1~2カ月ぐずぐずと考えていて、ある日、気が付いたら、「息子は自閉症」ということを納得していた。
実にアンチクライマックスな流れなので、というより僕自身が(衝動的な行動で周囲を振り回すわりに)アンチクライマックスな人間なので、衝撃を受けて泣くということはなかったが、
「あちゃ~~~~~~~~~~~」
というどんよりとした憂鬱が続いた(その気分は、今でもよみがえることがある、正直な話)。
が、結局のところ、ほかのすべての生活上のイベントと同じく、日常の積み重ねが僕らを救ってくれている。

*****
話は変わるが、昨夜のことである。
息子が、眠りに落ちかけている僕の顔を懐中電灯で照らしながら、

「あなた……あなた」

と言っていた。
妻は、僕のことを「あなた」とは呼ばない。

どこで手に入れたエコラリアですか。

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